百条委員会を民主主義潰しの道具にした長野県議会
長野県議会議員 北山早苗
昨年1月21日の信濃毎日新聞に公文書が隠蔽された事、22日の紙面には、公開請求担当だった元県経営戦略局幹部職員の「平成15年10月上旬、知事
室で、知事から直接『(文書は)出さないように』と指示を受けた」という証言のスクープ記事が、掲載されました。
この記事がきっかけになり、長野県議会では、県下水道事業に対する知事後援会幹部の働きかけ等に関する調査特別委員会、通称百条委員会が7月に設置さ
れました。県政に大きな不正や背任行為があったわけではなく、百条委員会で審議すべき問題ではないと、疑問や反対がありましたが、多数決で設置が決まり
ました。
そして今年の2月までに、350万円と、膨大な職員の労働力を費やされて30回もの会議が行われましたが、結果は、やはり、百条委員会そのものに大き
な疑問と問題を残すものとなりました。それは、事実に目を向けず、論理の飛躍を繰り返すことで、田中康夫知事の偽証2件、元下水道課長の偽証、経営戦略
局長の出頭拒否、記録提出拒否の認定などが、無理矢理多数決で決めつけられたからです。
主な百条委員会の認定と議会の告発の誤りについて、書きます。
<誤り1、弁護士の忠告をも無視>
県下水道事業発注の県内業者優先は、「既に全庁的な共通認識だった」と田中知事が述べたことを、百条委員会で偽証に当たると認定しました。その理由と
して、土木部の下水道行政に関係した複数の証人の証言が、知事と違っていることを挙げています。
ところが、「県内業者優先」の流れは、平成9年に業者たちの陳情や、平成12年9月県議会での井上下水道課長(当時)の答弁でも明らかなように、田中
知事になる以前からのものでした。また、平成15年には県議会でも陳情と請願を全会一致で採択しており、県民、議員、県庁皆の願いであったことからし
て、知事が偽証していると決めつけるのは誤りと言えます。
今年3月16日に記者会見した松村文夫弁護士らも、弁護士の立場からみると、県議会の告発が、虚偽の告発にも匹敵しかねないものであると述べた上で、
「虚偽陳述罪(百条委員会では偽証と言っている)は意図的に記憶に反した証言をしたのでなければ言えず、結果的に他の証言と一致しない部分があったとい
うだけでは成立しない」と言っています。
しかし、長野県議会は「全庁的な共通認識」と述べた知事を偽証で告発する決議をし、24日には議長名で長野地検に告発しました。
<誤り2、破棄を止めなかった=言外の指示>
百条委員会は公文書の隠蔽について、田中知事が報告を受けていながら、破棄中止の指示を怠り、職員の公文書破棄行為を容認したことで、言外において指
示を出したと考えられる、よって「指示はしなかった」という知事の証言は偽証であると賛成多数で決めつけ、やはり、県議会として告発しました。
ここで、公文書公開請求があった当時のことを説明します。
知事から公文書隠蔽を指示されたと主張している元経営戦略局参事の岡部英則氏は、平成15年当時、『公職にあるものからの働きかけについて、取り扱い
マニュアル』を作るよう、知事から指示されていました。岡部氏は自ら「働きかけは記録し、内容を相手に確認した上で、知事らに報告する」と部長会議で提
案し、10月6日に要綱として発表されました。これを受けて、新聞社から、元知事後援会幹部による下水道改革の働きかけ文書が公開請求されたのです。
つまり、田中知事は、岡部氏に、自ら作ったマニュアルに沿って、公文書に当たるかをチェックし、対処することを望んだに過ぎないのです。現に、下水道
改革の働きかけ文書は、内容が元知事後援会幹部本人には確認されていないものであり、マニュアルに沿って判断すれば私的メモとなります。
それを、岡部氏は「知事後援会幹部の関与はイメージダウンになる」「知事からメールが来るような関係に戻りたい」(「」内は岡部氏の証言による)、と
の思いから、独断で当時の下水道課長・田附保行氏に、働きかけの記録文書を破棄させました。そして知事にメールで報告しました。
10月9日、田附氏から朝送られたメールで、知事は公文書公開請求の事を知り、更に岡部氏から知事に報告メールが午前とお昼すぎに2通送られています
が、どのメールにも、公文書かを明確に認識できる記述はありません。つまり、知事にとっては、公文書か私文書かわからないうちに、陳情を受けたり50人
もの職員と面談という公務を遂行中の、たった半日の間に破棄が行われたのです。
知事は岡部氏からのメールを夕方読み、「破棄は不味い、岡部氏の行動そのものをチェックするように」と、元経営戦略局のM氏にメールで頼んでいます
が、これは、独断で破棄を行った岡部氏に、いっそうの不信感を抱いたためです。
このような事実があるにもかかわらず、百条委員会は多数決で、破棄の報告を受けながら破棄を止めず容認したからという理由で、『指示はしなかった』と
いう知事の証言を偽証だと決めつけてしまいました。これは事実に目を向けない、飛躍した論理や推測の、あまりに無謀な認定です。
<誤り3、事実に蓋をし闇に葬った百条委員会>
百条委員会は、途中で明らかになった重大な事実を認めませんでした。
先に私は、岡部氏が『独断』で、田附下水道課長に働きかけ文書を破棄させたと書きましたが、岡部氏が働きかけ文書の隠蔽に動き始めたのは、8日からで
ある事実が明らかになったからです。
この重大な事実をもとに、私の所属する会派あおぞらは、岡部氏の「9日に知事室で指示を受けて動き始めた」という証言が、偽証であると主張しました
が、百条委員会では多数決で否決されました。
ここで、岡部氏が8日から『独断』で文書隠蔽に動き始めたという事実について、説明をします。
田附氏は、「平成15年10月8日に、岡部氏から公文書には当たらないのではないかと強く言われ、下水道課職員に説明して、理解を得るよう指示をされ
た」と証言しています。田附氏は、下水道課に戻って職員に説明したところ、「知事に通告する」などと強く反発され、9日の朝早く知事に課内の様子を知ら
せるメールを送りました。
これに対して、岡部氏は、「私が初めてこの公文書問題に関与したのは、9日午前9時28分、知事から私のところに田附氏のメールが転送されて来て、1
階知事室に呼ばれ、知事から文章を出さないように指示をされた。その時点からの関与だ」と証言しています。
二人の証言は食い違っていますが、実は、岡部証言を裏付けるものは、本人の証言だけで、客観的事実は何一つありません。
一方で、田附氏の証言は、9日午前10時55分、岡部氏から知事に宛てた「田附課長さんは、午前中出張との事です。お昼に会って、再度課長として決断
するよう促します」というメールによって、裏付けられるものです。
この報告メールで、岡部氏は『再度』と書いていることから、9日午前10時55分にメールを送る以前に1度以上 、田附氏に「働きかけ文書」を隠蔽するよう決断を促したことがある
、ということになります。
また、出張の記録文書を当たったところ、田附氏は9日の午前9時15分ごろから11時50分ごろまでの間、県庁内にはいなかったことが判りました。
岡部氏が田附氏に最初に話をしたのは、メールの『再度』が示すように、8日しかあり得ず、8日に指示されたという田附証言が正しいと、判明したのです。
つまり、岡部氏が「働きかけ文書」を隠蔽するよう動き始めたのは、8日からの岡部氏の『独断』であり、これは客観的証拠に裏付けられた、事実なのです。
この事実が判明したため、百条委員会が始まったきっかけ、「9日に知事室に呼ばれて指示をされた」という岡部証言は完全に崩れました。にもかかわら
ず、百条委員会は「二人のどちらが正しいかは問題ではない」として、8日から岡部氏が『独断』で動いていたという事実を認めないばかりか、「指示してい
ない」と言う知事を偽証と認定し、議会は知事を告発しました。
これでは、百条委員会を政争の具にしたとしか思えず、県議会は県政の歴史に大きな汚点を残してしまったと言わざるを得ません。
<マスコミも冤罪に加担、民主主義を潰す百条委員会>
もう一つの大きな問題は、マスコミが「8日から岡部氏が独断で文書隠蔽に動いていた」という事実をきちんと調べて、県民に伝えていないという点です。
例えば、県民の半数が読んでいる信濃毎日新聞は、「岡部氏が知事室で指示された」という昨年1月22日付の『スクープ記事』を、いまだに誤りだったとは
訂正していません。
長野県では、数の力を振りかざした議会人と、事実の追求という使命を忘れたマスコミ人によって、『冤罪』が仕立て上げられたと、私は思っています。
また、長野県だけでなく、全国で、法で認められた百条委員会の名の下に、それを政争の具として用いた議会によって、市民派の首長達が、同じ目に遭って
いるのではないでしょうか。
例えば、秋田県鷹巣町では、平成6年に多数野党の町議会が百条委員会を設置して、福祉の町づくりを住民とともに進めようとする岩川徹町長のあら捜しを
しました。この屈辱を住民自治の力で跳ねのけ、再選された町長が、全国に先駆けて創った『ケアタウン・たかのす』はユニットケアのモデルとして有名で
す。しかしその後、平成15年4月の選挙で新町長が当選すると、すぐにミニデイサービスの廃止など福祉が後退しはじめました。そして、9月には町議会の
百条委員会が設置され、ケアタウンが標的になり、福祉のまちづくりを担ってきた役員は辞任に追い込まれ、町全体の福祉が崩壊してしまいました。
気に入らないものを排除する手段として百条委員会が用いられる現状は、民主主義を潰し、住民自治の根幹に関わる大問題であると、危惧します。事実に蓋
をし、全国で初めて現職知事を告発した長野県議会の行為を、許してはいけないと思います。私自身がその長野県議会の一員であることを、恥じます。
(平成18年4月2日・記)
きたやまさなえ
2003年長野県議会議員に当選。環境を軸に活動する会派『あおぞら』、活動報告をインターネット等で発信 http://sanae.voicejapan.net/
この寄稿論文は長野県住民と自治研究所『研究所だより』No.22
2006年4月号に掲載されたものです。 |