| あおぞらの北山早苗です。
県下水道事業に対する知事後援会幹部の働きかけ等に関する調査特別委員会、通称百条委員会の委員長報告の内容は、白黒をつける必要がなく、両論併記で終わるべきものにまで、無理矢理多数決で採決したものがあるため、賛同できません。全ての偽証、出頭拒否、記録提出拒否の認定にも、賛同出来ません。
ここでは、主な偽証認定について、反対の討論をいたします。
県下水道事業発注の県内業者優先は、「既に全庁的な共通認識だった」と知事が述べたことを、偽証に当たると認定したのは誤りです。
「県内業者優先」の流れは、H10年に業者たちの陳情やH12年9月県議会での光家土木部長の答弁でも明らかなように、田中知事になる以前からのものでした。また、H15年には県議会でも意見書を全会一致で採択しており、県民、議員、県庁皆の願いであったことからして、知事が偽証していると言うのは、全くもって誤りです。
同じく、県内企業優先が進められる中で、『公社が協力する』と公社理事長が述べたという当時の下水道課長・田附保行氏の証言を、理事長は否定しているから、偽証に当たるとする認定も、田附氏が意図して事実をねじ曲げたものではなく、誤りです。
次に、公文書破棄について述べます。田附氏が公文書であると認識していたはずなのに、『私的メモと考えていた』と証言したのは偽証だと認定しましたが、田附氏は作成時から私的メモとして作ったと一貫して主張しており、偽証には当たりません。
更に、田中知事が報告を受けていながら、破棄中止の指示を怠り、職員の公文書破棄行為を容認したことで、言外において指示を出したと考えられるから、『指示はしなかった』という知事の証言は、偽証であるとする認定も、誤りです。
公文書公開請求があった当時のことを説明します。
知事から公文書隠蔽を指示されたと主張している元経営戦略局参事の岡部英則氏は、平成15年当時、『公職にあるものからの働きかけについて、取り扱いマニュアル』を作るよう、知事から指示されていました。岡部氏は自ら「働きかけは記録し、内容を相手に確認した上で、知事らに報告する」と部長会議で提案し、10月6日に要綱として出されました。これを受けて、新聞社から、元知事後援会幹部による下水道改革の働きかけ文書が公開請求されたのです。
つまり、田中知事は、岡部氏に、自ら作ったマニュアルに沿って、公文書に当たるかをチェックし、対処することを望んだに過ぎないのです。現に、下水道改革の働きかけ文書は、内容が元知事後援会幹部本人には確認されていないものであり、マニュアルに沿って判断すれば私的メモとなります。
それを、岡部氏は「知事後援会幹部の関与はイメージダウンになる」「知事からメールが来るような関係に戻りたい」との思いから、独断で田附下水道課長に、破棄させました。破棄してしまってから知事に報告しました。
また、10月9日、田附氏から知事に宛てたメール、岡部氏から知事に宛てたメールには、どれも、公文書かを明確に認識できる記述はありません。つまり、知事にとっては、公文書か私文書かわからないうちに、たった半日の間に破棄が行われ、止める間もなかったのです。
だからこそ、知事は、独断で破棄を行った岡部氏にいっそうの不信感を抱き、「破棄は不味い、岡部氏の行動そのものをチェックするように」と、元経営戦略局の宮津雅則氏にメールで頼んだのです。
このような事実があるにもかかわらず、百条委員会が多数決で、知事が当該文書を不存在とせざるを得なかったと決めつけたり、破棄の報告を受けながら破棄を止めず容認したからという理由で、『指示はしなかった』という知事の証言を偽証だと決めつけるのは、事実に目を向けない、飛躍した論理や推測の、あまりに無謀な認定です。
また、百条委員会は、途中で明らかになった重大な事実を認めていません。
先ほど私は、岡部氏が『独断』で、田附下水道課長に文書を破棄させたと、言いましたが、岡部氏が「働きかけ文書」隠蔽に動き始めたのは、8日からであることが明らかになったためで、これは重大な事実です。
それ故あおぞらは、岡部氏の、「9日に知事室で指示を受けて動き始めた」という証言は、偽証であると主張しましたが、百条委員会では多数決で否決されました。
岡部氏が8日から動き始めたという事実について、説明をします。
田附氏は、「平成15年10月8日に、岡部氏から公文書には当たらないのではないかと強く言われ、下水道課職員に説明して、理解を得るよう指示をされた」と証言しています。
これに対して、岡部氏は、「私が初めてこの公文書問題に関与したのは、9日午前9時28分、知事から私のところにメールが来て、1階知事室に呼ばれた。その時点からの関与だ」と証言しています。
二人の証言は食い違っていますが、実は、岡部証言を裏付けるものは、本人の証言だけで、客観的事実は何一つありません。
一方で、田附氏の証言は、9日午前10:55、岡部氏から知事に宛てた「田附課長さんは、午前中出張との事です。お昼に会って、再度課長として決断するよう促します」というメールによって、裏付けられるものです。
この報告メールで、岡部氏は「再度」と書いていることから、9日午前10:55にメールを送る以前に1度以上 、田附氏に「働きかけ文書」を隠蔽するよう決断を促したことがある
、ということになります。
出張の記録文書からも、田附氏は9日の午前9時15分ごろから11時50分ごろまでの間、県庁内にはいなかったことが判りました。。
つまり、岡部氏が田附氏に最初に話をしたのは、メールの『再度』が示すように、8日しかあり得ず、8日に指示されたという田附証言が正しいと、判明しました。
このように、岡部氏が「働きかけ文書」を隠蔽するよう動き始めたのは、岡部氏の言う「9日午前9時28分以降に知事室で知事の指示を受けて」ということではなく、8日からの岡部氏の「独断」であり、これは客観的証拠に裏付けられた、事実なのです。
この事実が判明したため、百条委員会が始まったきっかけ、「9日に知事室に呼ばれて指示をされた」という岡部証言は完全に崩れました。にもかかわらず、百条委員会は、8日から岡部氏が『独断』で動いていたという事実を認めないばかりか、「指示していない」と言う知事を偽証と認定してしました。これでは、新聞記事にもあったように、百条委員会は政争の具と言われてしまいます。
もし、このように事実に目を向けず、数の力で無理矢理認定してしまった偽証、出頭拒否、記録提出拒否などの様々な認定を、ここにいらっしゃる県議の皆様が認めるようなことがあれば、県議会は県政の歴史に大きな汚点を残してしまうのではと、危惧せざるを得ません。
百条委員会の委員長報告には賛同できず、反対です。また、少数意見の内容が書かれていない報告書の中身にも反対です。どうか、議員の皆様には、事実に基づいた冷静な判断をして頂くようお願いします。
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